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言葉も共感も、すべて幻想なのだから

出版社で編集者をしていたとき、自分の仕事を説明するのは簡単だった。

「書籍の編集者です」と言えば、「本を作っているんだな」と何となくイメージしてもらえたからだ。

しかし、わたしは現在出版社に所属していない。書店で売られている本や雑誌の編集に関わっているわけでもない。

いまのわたしは、Kindleやnoteの編集に関わるのはもちろん、ビジネスの立ち上げ段階のプロジェクトに関わることがある。

ビジネスコンセプトを言語化したり、情報を整理してユーザーに伝わりやすくしたり、期日までに確実に仕上がるよう進行管理したり。

完成形が本という形ではないにせよ、何かを編集していることは確かだ。

では、ビジネスの現場で役立つ編集スキルはどういうもので、どういうときに役立つのか。
出版社外における「編集」について言語化して伝えなければ、「そうだ、こういうときは編集者に加わってもらおう!」と思ってもらえない。

とはいえ、出版社の外に出た編集者の仕事は一般化されておらず、一言でズバッと表現しにくい。
言語化するのが仕事なのに、自分の仕事を言語化できないとは……。「言語化の壁」の前にたたずんで、焦るだけの日々が過ぎていく。


「言葉そのものが抽象概念である」という気づき

そんなとき、この本に出会った。

著者は、コンサルタントであり、書籍『具体と抽象』の著者でもある細谷功さんと、元講談社の漫画編集者で、現在クリエイターエージェンシーの株式会社コルクを経営する佐渡島庸平さん。

「具体と抽象」を行ったり来たりしながら、「言葉のズレ」つまりは「コミュニケーションのズレ」について、おふたりの対談形式でつづられている。

わたしは「編集」という言葉を言語化する難しさに直面していたけれど、そもそもツールである言葉そのものが抽象概念である」というお話に、くもっていた視界が一気にクリアになった気がした。

「言葉は抽象概念である」を理解する際、細谷さんが考案された「ダブリング」(2つの言葉の関係性を2つの円の位置関係や大きさで表現する)の例がとても助けになった。

「失敗」と「成功」、「仕事」と「遊び」など、相反する言葉を2つの円で表現してもらうと、それぞれの円の大きさや位置関係が人によってずいぶん違ってくるそうだ。

ある人にとっては、「成功」と「失敗」は距離の離れた2つの円だが、別のある人にとっては「成功」の円の中に「失敗」の円が含まれていたりする。人によって言葉の解釈が全然違う。

なぜなら、言葉そのものが抽象概念であり、自由度が高いから。

「ダブリング」の話によって、「言葉1つでわたしたちは簡単にすれ違うんだな」と感覚的に理解できた。

細谷
言葉って、人間の最強のツールであり、かつ最大の弱点なんですね。(中略) 言葉というのは、実際に起きている現象を何らかの形で抜き出したものだといえます。その抜き出す過程で、人が自分の都合のいいように抽象化することが実は問題で、抽象化の仕方がまさに千差万別なために、同じ言葉でも人によって解釈の仕方が変わってしまうんです。

『言葉のズレと共感幻想』(dZERO)より

言葉の定義が曖昧だからこそ、わたしたちのコミュニケーションはそもそも曖昧であり、すれ違いやすい。


「編集」を定義する難しさ

佐渡島さんといえば、『ドラゴン桜』『宇宙兄弟』など、名作と呼ばれる漫画を世に送り出した編集者として知られている。

敏腕編集者である佐渡島さんが「編集」という仕事をどうとらえているかもこの本に書いてあり、とても参考になった。

佐渡島
たとえば僕が自身の肩書を「編集者」というとき、編集という行為の中に企画も含めて考えています。入稿したり校了したり作家と打ち合わせしたりという仕事は、僕の中では「編集作業」で、編集というのはもっと大きな、企画も編集作業も含めた概念だと捉えています。ところが編集者の中には「企画が編集のほとんどすべて」と思っている人もいて、編集という言葉の範囲が人によって大きく違うなと思いました。

『言葉のズレと共感幻想』(dZERO)より

そもそも編集者の中でも「編集」をどう捉えるかは個人差があるとのこと。確かに。
だからこそ、編集者によって仕事の仕方も、進め方も、出来上がる本も違ってくるのだ。

佐渡島
編集者は、本を作るというよりも、作家と読者がコミュニケーションで失敗する可能性があるところを指摘する仕事なのだ、と自分で定義しました。

細谷
わからないと思う部分について著者とやり取りしながら、わかるレベルに落としていく過程は、具体的にはどんな手続きなんですか。単なる具体化ではないだろうし、抽象化でもないだろうし、でも何かをほどこすことによって、意味がわかる原稿になる。その作業と前と後では何が違うんでしょうか。

佐渡島
それが簡単に説明できると、コルクという僕の会社を最強の編集者集団にできるのですが(笑)

『言葉のズレと共感幻想』(dZERO)より

なんと、佐渡島さんでも編集作業を説明するのが難しいとは! であれば、わたしが「編集」の言語化の壁にぶち当たるのも当然のこと。それならいっそ開き直って、わたしなりに少しずつ言葉にしていけばいいじゃないか。

だって、そもそも言葉もコミュニケーションも幻想なのだから。

言葉に敏感だからこそ言葉にするのが怖かったけれど、「すべてが幻想」と思えば気楽にアウトプットできる気がする。そう思わせてくれた1冊だった。
言葉に敏感な人、言葉によるコミュニケーションにズレを感じたことがある人は、ぜひ読んでみてほしい。

ちなみに、細谷功さんの『<具体⇆抽象>トレーニング』(PHPビジネス新書)は編集者必携の1冊だと思う。書籍を編集するときの思考が言語化されている!と衝撃を受けた。

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